Hinode Journal – Senior High Version –

幸福は微笑のようなものだ

微笑は微笑しようと思っても出来ることではない

泉のように、自然に静かに湧いてくるものである       

 (亀井勝一郎 -文芸評論家)

私たちは、幸福な生活を願い、それを実現するために、自分のライフプランを立てます。そして、そのために必要な資格や能力を身に付けるために努力を積み重ねていくものだと思います。

この「幸福」という概念は人によってさまざまです。金銭や物質に恵まれた生活を望む人もいれば、社会的に高い地位を求める人、愛する人と温かな家庭を築こうとする人など、まさに人それぞれだと思います。そして、そのどれもが自分自身にとっての「幸福」ですから、どれが本物の「幸福」だと論じることは意味のないことです。しかし、何よりも大切なことは、自分自身の求める「幸福」へ向けて地道な取り組みをすることだと思います。そして、その過程の労苦のなかで見出すことができる満足感や達成感、充実感を味わった瞬間も「幸福」といえるでしょう。

「幸福」というと、何か特別な状態をイメージしますが、実はこのような日常的で、ささやかなものの中にあることが多いのではないでしょうか。それなのに自分と他人を比較して、嫉妬してみたり、欲張ったり、見栄を張ったりし、結局「幸福」とは対極にある「不幸」な状態に陥ってしまうのではないでしょうか。

どんな職業であれ、その職業の熟練者、専門家、その道の達人と呼ばれる人が仕事をする姿は、私たちの目をひきつけます。それは、複雑な工程を、難しい技術を、よどみなくいとも簡単そうに見せながら着々と仕事をこなし、時には人間業とは思えないような成果を示すからでしょう。

そして、見落としてはいけないことは、その振る舞いがごく自然なことです。私たちの知らないところで、同じ仕事を繰り返し、何度も失敗し、やり直してきたことでしょう。そして、その度に自分の能力に腹を立て、自分の至らなさを痛感してきたに違いありません。こうした体験の積み重ねによって、自然な振る舞いが身につくのであり、まさに自分自身の血となり肉となって自分を成長させていくのだと思います。

このように見てくると、「幸福」とは目標へ向かって自分が成長してきたプロセスの中で、リアルタイムに感じるものだということに気づくと思います。「今日は、今までできなかったことができた」「今週は、予定をクリアした」といった、達成感が「幸福」の瞬間ではないでしょうか。こうした「幸福」のあるところには、希望が湧いてきます。そしてこの希望が、次へ向かって取り組む際のエネルギーとなっていくものです。自身で決めた課題へ対して「挑む」姿勢を大切にしたいものです。

ここで気づいてほしい点があります。それは、「幸福」は自分ひとりだけの幸福感であってはいけないということです。ましてや、人の不幸の上に成り立つ「幸福」は、利己主義の塊であり、いわゆるエゴであり、わがままとなってしまいます。「幸福」とは、相手をも喜ばせるものであってほしいと思います。また、人の「幸福」を見て、わがことのように「幸福」を感じ喜べるような、深い愛情を持った人間でありたいと思います。

さて、ここで自分のために集中して時間を使える今の環境を振り返ってみてください。食事や洗濯などの家事は、主に誰がしてくれていますか。困ったときにはだれが話を聞いてくれていますか。今、皆さんが学校生活に集中できるのは、自分の力だけではないということです。皆さんを支え見守ってくれている家族や友人たちの存在を忘れてはいけません。この家族や友人は、皆さんの「幸福」な姿を見て、「幸福」になることができるのです。目標への地道な取り組みの中で「幸福」の瞬間を、この夏に沢山感じてみてください。

(高校3年学年通信7月号より)